太田の自然・文化・歴史

太田の神社

松太枝神社(まつだえじんじゃ)

松太枝神社 県道魚津氷見線沿いの松太枝浜海水浴場の入り口近くに松太枝神社があります。この神社は、辰ノ口、雨晴、渋谷新地区の総社となっています。
 明治42年3月26日に辰ノ口の天満宮と渋谷新村の熊野社が合併して松太枝神社と改称しました。熊野社は、もと渋谷にありましたが、後に渋谷新村に移ったそうです。現在の祭神のうち伊邪那岐命(いざなぎのみこと)・伊邪那美命(いざなみのみこと)の二柱は紀伊熊野宮より、菊理姫命は加賀白山社より、菅原道真は京都の北野天満宮よりそれぞれ分神を招いて奉祀したものです。


有磯神社

有磯神社 国道415号線、太田中村交差点より国泰寺方面へ向かう道沿い左側、山岸地内に所在。
 明治42年、元の神明社と谷内熊野社、山岸白山社、旦保火宮社、中村伊勢領天満社を合祀して有磯神社と改称。昭和三年には、北村神明社を合祀して六ヶ村の氏神としました。
祭神
天照皇大神(あまてらすすめおおかみ)
豊受大神(とようけのおおかみ)
伊邪那岐命(いざなぎのみこと)
伊邪那美命(いざなみのみこと)
菊理姫命(くくりひめのかみ)
火産霊命(ほむすびのみこと)
建御名方命(たけみなかたのみこと)
大山咋命(おおやまくいのみこと)
菅原道真(すがわらのみちざね)


高山神社

高山神社 西田地区、国泰寺近くに高山神社があります。この地区の侵食谷を挟んで西側に西田、東側に谷内の部落があります。二つの部落の境界線はかなり入りまじっており、同一部落とされることが多い。しかし、谷内が昔から太田村に属する一部落であったのに対し、西田は、明治22年の市町村制施行まで西田村という独立した村でした。高山神社は、もと白山社とよばれていました。正徳二年(1712年)の記録によると、太田の宮の社人(神主)がすべて嶋村内記(尾崎氏)であるのに対し、白山社だけは高岡伊豆守でした。

【参考・引用】
「太田」−歴史と風土−